RCまくらぎ

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 RCまくらぎ

reinforced concrete tie , reinforced concrete sleeper
大阪府枚方市にあった「禁野(きんや)火薬庫」跡地で出土した鉄筋コンクリートまくらぎ。旧陸軍が軍事物資を運ぶために敷いた軌道に使用されていたものである。解説には、「出土した枕木の大半はコンクリート製で、軌間(レールの間隔)600mm用と500mm用の二者があります。日本では資材の欠乏により1918(大正7)年頃から木製枕木代わるコンクリート製枕木の研究が始められていました。1938(昭和13)年頃で、コンクリート枕木が5000本あまり使用されていましたが、日中戦争以降は研究が中断したといいます。」

RCまくらぎとは、別名鉄筋コンクリートまくらぎともいわれている。建造物などに使用している鉄筋コンクリートを応用して開発されたもので、もともとコンクリートは、圧縮に強いが引張りには弱く、その弱さを補う形で鉄筋を入れたものである。

鉄筋コンクリートまくらぎの発明

フランスのモニエ氏が特許を取った鉄筋コンクリートまくらぎは、今から約100年前のことである。それ以来、諸外国にて数々の種類の鉄筋コンクリートまくらぎが設計・試作されてきたが、いずれも決定的な成功は収めることができなかった。

国内においても、大正時代から資源難のために木まくらぎの価格が高騰したため、鉄筋コンクリートまくらぎの研究が始められた。

そして、大正15年に民間の考案で、鉄筋コンクリートまくらぎ(石浜式)20本を東海道本線の湊町駅構内の上り本線に試験敷設された。

当時は、この石浜式の鉄筋コンクリートまくらぎは、数々の試作品の中でも最も優れていたので、その後、名古屋、仙台、大阪でもこのRCまくらぎが使用された。そして、昭和7年ごろまで研究開発が行われていた。

鉄筋コンクリートまくらぎの長期使用

鉄筋コンクリートまくらぎは、数々の試験敷設を重ねてきたが、そのどれもが亀裂の発生やレールの締結部からの損傷などで長期間の使用には耐えられなかった。

したがって、保守労力が増大するようになり、成果が上がらないまま昭和10年ごろまでに敷設されていた鉄筋コンクリートまくらぎは、すべて撤去されてしまった。

しかし、終戦後、木材の不足から木まくらぎが入手困難となり、その対策として再び鉄筋コンクリートまくらぎが取り上げられた。電力・セメント・鋼材が不足していたため実際製作されたのは昭和23年ころからである。

設計・試作を繰り返したが、セメントの質・施工方法に起因するコンクリートの強度不足から亀裂が入り、やはり長期の使用には耐えられなかった。

RCまくらぎの終焉

数々の試験敷設を経て、戦後の昭和26年度試作されたPCまくらぎが、性能において成功を収めたので、その後、RCまくらぎは製造・使用はされなくなった。